格差社会を生きる…人間は生まれながらにして不平等だから
格差社会は今に始まったことではありません。太古の昔から今に至るまで、たとえ共産主義社会であっても、支配する側とされる側が存在する以上、あったはずです。中には努力とチャンスで格差を乗り越えた人々は確かにいました。でもそれは「伝説」の域の話で誰にでもできるものではありません。
今は悪循環に陥っています。職を失い、住まいを失い、収入も減少する中で、モノが動くはずはなく…結果として企業自体の力も無くしさらに雇用の悪化を招いています。「金は天下の回りもの」という言葉がありますが、(解釈はいろいろあるのですが)「金が回らんと天下も回らん」ということも言えるのではないかと思います。
人間は生まれながらにして不平等なものなのです。
この事実を肯定することから始めるしかないのではないでしょうか。甘えを捨て、「そこ」で生きていく方法を考えなければいけない時に来ているのではないかと思うのです。
上に立つもの、企業の上層部、高級官僚、…これらの人たちの給料を減らせば、もっと多くの人を雇うことができる。政治家、天下り官僚…これらの人たちの給料を減らせば消費税を増やさなくても、福祉や年金、少子化対策にお金を回せるはず。プロスポーツ選手…生活するのに何億円もいらはいはず。何人かで集まって、財団を作るとか、社会的に困っている人の手助けをするような活動はできないものなのでしょうか。でもそれはありえない。
とにかく今問題なのは、収入、生活の格差だけではなく、その人が生きること自体の価値が否定されようとしていることではないかと思うのです。
「この働き方(例えば派遣)でも大丈夫」と考えその職に就いた人たちがいます。将来の貯えをしなかったことを批判する人がいますが、少々の貯えで今の状況が乗り切れるはずもないことは分かっているはず。どこかで日本という国を信用して、そういったシステムを信用してその職に就いたはずです。今、日本という国に裏切られたのです。個人を責めることはできないと思うのです。「生活保護を」と言うけど、住所がなければこれも受けることができないのです。最後の砦さえも、今は危ういのです。
しばらく選挙の投票率の低迷が続いていましたね。その結果が、きっとこれなんですよ。国民に油断と甘えがあったのは事実です。国民が声を上げる方法は極めて限られています。今度の選挙には投票に行くべきです。だから、住所だけは何とか確保する方法を考えよう。そしてありとあらゆる方法で(ただし合法的に)声を上げるべきです。私はネットの片隅で書きつづけていくつもりです。
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